眼球ラジオ

目で読むラジオ。六畳一間から放送中

山の怪談、略して山怪

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初めまして。miyathemoney(ミヤザマニ―)と申します。私、高校からしっかりと登山をやっておりまして。その中で怖い話が何個かあったので、ちょっと書いてみました。

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「音、あるいはそれ以外の何か」

 

 上越にある雪山に入って3泊目のこと。私たちは、想像以上の吹雪に悩まされていた。顔に当たる雪が、もはや「ぱちぱち」ではなく「バチッバチッ」になっていた。このままでは雪が顔面にめり込むのも時間の問題。限界まで進んだ私たちは、予定していた所よりだいぶ前の所でテントを張ることになってしまった。

 

 山の中腹の斜面、木立ちの中に何とかテントを張る。スコップで斜面の雪を削り、平地を作るのだ。風と雪の猛攻からなんとか逃れたこともあって、若干ナナメのテントにも誰一人グチを垂れなかった。雪を払ってザックを放り込み、自分も飛び入る。

 

 「明日には天気良くなんのかなァ」「マジそうじゃなかったら死ぬ」「いや、天気図書いたけど微妙っぽい」「まじかよ・・」「今晩の飯何?」「カレー」「またカレーかよ!」「食糧係に言えよ」「あー止まると寒ー」「早く手袋乾け!」「こうすることで体温が逃げない」「それマジ?」「いや適当」「やっぱ冬山はきついんよ~」「おっそうだな」「てかここで雪崩起こったら死ぬじゃん!」「いや木生えてるし大丈夫っしょ」「いや木生えてても雪崩るらしいよ」「マジ?遺書書く?」「めっちゃ変な事かいちゃおっかな」「なんて?」「亀に気を付けろ、とか」「ジョジョっぽい」「どこが?」「いや分からんけど」

 

 私たちの持っているテントは6人用だ。そこに6人入っているだけなら正当な使用かもしれない。しかし、そこに6個、小3の女の子ぐらい高さのある、パンパンの90リットルザックが入る。そうなるともうテントは限界だ。真ん中に雪が溶けて濡れた装備を乾かすためのバーナーを置いて火を点けるのだから、座るスペースは一人最小限、横にしたザックに腰かけるようにして座ることになる。飯の準備をする後輩をみながら、いつも通りの何でもない会話がテント一杯に広がる。

 

 「なんか音聞こえません?」そんなことを言い出したのは一番下の新人Kだった。「黙って飯作れよ」「いやーでも何かしません?」「あ、マジだ」「聞こえる聞こえる」「あれでしょ?」

 テントの雑多な話題を一気にその音がさらった。皆一時耳をすます。聞こえる。「カーン」「コン」「カーン」「コンコン」「カーン」 

 

 「・・・木こりだな」「いる分けねえだろ」「中途半端に折れた枝がさあ、当たってんじゃない?幹に」「あ、それある」「そうじゃなかったら?」「妖怪?」「妖怪だ!」「いやいやいや...」「なんか下界の工事の音とか?」「いや、ここ道路まで結構あるじゃん」「そうなあ」

 

 カレーをつくるヘッドバーナーのゴオオ・・という音に混じって聞こえるその音にはその後も様々な説が出たが、結局話題は完成したカレーが不味い、つまんねえこと気にしながら作ってるからだ、あ、ひどいとかそういった感じの話に吸収されてだれも気にしなくなった。 

 そして一通り地図と天気図を見比べて明日の計画を練ったあと、みんな寒いし疲れていたので寝袋に潜り込んで寝てしまった。

 

 ・・・夜中に目が覚めた。腕時計のバックライトをオンにすると、2:00。起きるのは4:00なので、まだまだ眠れる。「畜生、変な時間に起きたな」そう思い周りに目を凝らすと、皆一様に眠っている。「コーン」「カンカン」「コンコン」「カーン」

 まだ鳴っているのか。夜の雪山は風も止んで、テントに雪が落ちて滑って行くサラサラという音しかしない。後はその下のみんなの静かな寝息。そうなってくるといやが応でも耳につく。しかもお約束というか、冬山で目が覚める原因の多くは小便である。ヘッドランプを最小の明かりにしてテントのチャックを探りあて、間に寝ている部員の上を這うように入口からでる。「あの正体突き止めてきてくださいねえ」「わ、起きてたのか」「起こしたんでしょ」「すまんすまん」

 

 雪山の夜は明るい。月の明かりを一面の雪が反射して、冷たい透き通った青のあかりをぼんやりと放っている。風がやんだおかげで暖かくすらある。白い息を怪獣のように吐き出しながら、ざくざくと雪を踏み抜いて適当な木の根元に失礼する。急激に冷たくなってきた手先で焦ってイチモツをしまうと、煙草に火を点けてしばらく音に耳をすます。そして、すぐ先は闇に包まれている山の、木の中を見つめる。「あの方からするよなあ」折れた枝をぶら下げている木を探してみるが見つからない。

 

 なんとなくぞっとした私は闇から目をそらして、踏み跡を辿ってテントに戻る。テントは半分ほど雪で埋まっていた。テントが壊れない様、近場に刺してあった誰かのスコップで慎重に回りの雪を払いのける。この間もずっと音がしている。はやくテントに入りたい。焦ってテントの雪を払いのけ、テントに飛び入った。

 

 そのあと私たちは何とか山頂に立ち、下山した。翌日にはあの音は止んでいて、皆忘れていた。一番現実的なラインで、中途半端に折れた枝がぶら下がり、幹に当たるのだという結論に落ち着いた。

 ただ私だけは、あの夜、風が確かに止んでいたことを知っている。あそこまで音を鳴らす太さの枝がぶら下がっているのなら、無風で揺れるはずもない。今でも、私は深い闇の中で「コーン」「カン」「コーン」と響く音を思い出す。多分それはまだあの山奥で、鳴り続けている。そんな気がする。

 

 

 

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妖怪とか期待してた方は申し訳ありません。まあリアルな山の不思議なんてこんなもんですわ。じゃ、またね!